with age 92歳の母のぼちぼち介護日記

母の介護を通して、素敵な歳の重ね方を学びます。

モノ申すおばさんNo.2

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たった今の話ですが、朝の関西情報番組『す・またん』で、
解説者の野村明大さんが、こんなことを言いました。

友人医師からの話として、

「あくまでも首都圏の話ですが、ある病院に夕方救急車から
 コロナ患者の受け入れ要請があったそうですが、
 その病院は受け入れられないと回答したそうです。
 その後、あくる日の早朝、同じ救急車から電話があり、
 『初めに依頼を断られた病院から、150件病院を探したが、
 どこも受け入れてもらえれず、救急車の酸素が足りなくなってきているので、
 酸素だけでも供給して欲しい』と、電話があったそうです」と言われています。

野村さんは、神戸の灘中高校から東大を卒業された、報道アナウンサーで、
医師の友人も多いようで、コロナ禍の中、現場の声として、
医療現場の生の声を発信して下さいます。

そして、その話の後の話題が、石破元幹事長が今月8日、
福岡県内のふぐ料理店で9人で会食した話でした。

「礼儀を失してはいけない、恩義を無にしてはいけないというのが勝ってしまった。
 本当にごめんなさい。申し訳ありません」と陳謝されたようです。

皆さん、どう思われますか?

私は、この方が、日本の総理候補であった事を情けなく思います。
年末の菅首相の大人数の会食問題といい、この話を聞いた若者に対して、
彼らに(たとえ意図しなくても)日本の舵を任せていることを申し訳なく感じます。

若い人達は何を思うのでしょうか?

石破さんが政治家が、今、耳を傾け、寄り添い、共感し、供に歩かなければならないのは
誰なのかは明らかだと思うのですが…


朝から、モノ申すおばさんでした。

ソウルフード

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『多古好』

今日は芦屋も最高気温13°と、少し寒さが和らいでいます。

11時過ぎ、母をお散歩に連れ出しました。

途中、いつもはこの時間でも行列の出来ている、
芦屋市民のソウルフードである、うどん屋『たこよし』の前を通りました。
いつもはお店の外にも並んでいるのに、今日はどなたもいません、

お店を覗いてみると、お一人しかお客さんがいません。
それならばと、母と入ることにしました。

 
普段ですと、年配の方や小さいお子さんを連れたママ達で賑わっているのに、
昨日、兵庫県にも緊急事態宣言が出たせいで、
やはり外出を自粛していらっしゃるのでしょうか。

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6人席に母と私と2人で座らせて頂き、
母と私の間には、パーテーションが置かれ、感染対策もきちっとされています。

ここは大阪風うどんで、麺にこしはないのですが、
ツルツルしていてとても美味しいのです。
昔からこの味は全く変わりません。高齢者や小さい子供にも優しいおうどんです。

ここの名物は、出汁とあげの美味しい「きつねうどん」と
海老の本数の決められる、「海老天うどん」や「海老の天とじ丼」です。

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きつねうどんと天とじ丼


今日は、母は海老1本の天ぷらうどん
私はお気に入りのきつねうどん+おもちを食べました。


昭和23年(1948年)創業で、今切り盛りされている女性は、
私が子供のころから全然変わらず、年齢不詳な方ですが、
以前「子供の頃、友達に『おまえの店はきつねうどんが30円で高い』と、
いつも言われたのよ」と言われていました。

私の兄は昭和25年(1950年)生まれで、
高校時代、よく『たこよし』に通っていて、特に、
「通常は100円のところ、水曜日はサービスデイで60円だから毎週行く」と、
言っていました。

現在はきつねうどん700円なので、
60年の間に、10年ごとに100円ずつ値上げしたことになりますね。

『たこよし』のある通りは、JR芦屋駅北側商店街ですが、
私の幼少期からあるお店は、『たこよし』だけになってしまいました。
以前は、『たこよし』の横に和菓子屋さんがあって、
お茶時のお菓子はいつもそこで買っていました。

通りの中ほどには、高校時代の友人の「花見屋」というおせんべい屋さんがあって、
そこのバターリーフと言うおせんべいが大好きでした。

現在も、同じ屋号の本店のお店が神戸元町にあり、
そこの前を通る時は、バターリーフを買って帰ります。

hanamiya.co.jp


芦屋の街並は変わりました。
特に、1995年1月17日の阪神大震災以後はそのスピードも速まったように思います。
あれから25年が経ちます。
どうかいつまでも、『たこよし』だけは残っていて欲しい
芦屋市民のソウルフードです。



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腸活メニューです。

母の本日と明日用の晩御飯です。
コンニャクの多い、『腸活メニュー』になりました。
煮アナゴ・玉コンニャクと鶏肉
銀鱈みりん・モズク酢・たらこコンニャクサラダ 以上です。

101回目の誕生日 当日編

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「今日は何の日でしょう」

今朝、母の家に着くと真っ先に母にこう聞きました。

「何の日?…成人の日?」

「それもあるけど、もっと大事な日!」

「命日じゃないし…命日は5月16日だし…🙄」

「違うし!だいたいお父さんの命日は5月18日だし(ー_ー)!」

「じゃ・・・何の日かしら・・・😰」

私は、父の写真に向かって、
「かわいそうに!お父さん。お母さんにお誕生日忘れられちゃったね(*´з`)」

「あーそーだった!お父さんの暗証番号9111だったものね😊」
          大正9年1月11日生まれからつけていた暗証番号です)

そんなやり取りの後、母に昨日の私のブログを読んでもらいました。


withtheage.hatenablog.com


読みながら母は、「そうだったかしらねぇ…」「ああ、そうだったわねぇ」
うなずいていました。

そして最後の父の写真を
「あら❣この時のお父さん痩せていなくて、カッコいいわねぇ🥰」と見つめていました。


お昼過ぎ、母と買い物がてら『ARROW TREE 芦屋モンテメール店』に入り、
父の101回目の誕生日を祝って、父が好きだったバナナのケーキを二人で頂きました。

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バナナチョコタルト


買い物を済ませ、母の家で夕食を作りました。

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馬鈴薯 法連草 インゲン 牛肉ピーマン サーモン

今日は、パセリが安かったので(*^▽^*)ふんだんに使いました。
私、パセリ大好きなんです❣

インゲンは、ピーナッツ好きだった父を思い、ピーナッツバターで和えてみました。

いつものように、二日分見当で作りましたので、
母にメニューを伝えて「今晩は何食べる?」と聞きますと、
「どれも美味しそうだら、今日と明日で少しづつ頂くわ」と申しますので、
とりあえず全部お皿にのせておきました。

帰り際、父にお供えを買ってくるのを忘れたことに気付き、
「何か買ってこようか?」と母に聞きますと、

「いいわよ。さっき買ったコッペパン美味しそうだから

 半分お父さんにお供えしとくわ」
と言います。

お誕生日なのに、ちょっと父が可哀想な気もしますが…
母と私のお腹にしっかりお祝いのケーキが入っているので、

良いよね。お父さん(*^_^*)

www.arrow-tree.com

101回目の誕生日 前日編

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明日、2021年1月11日は私の父の101回目の誕生日です。

父は2013年に他界していますので、正確には『生きていれば』です。

父の事は以前ブログに書きました。

withtheage.hatenablog.com


もう一つ父らしいエピソードをここに書いて、
明日、母に読んでもらおうと思います。

👆のブログが父が亡くなってからの事。
そして今、書こうとしているのが、亡くなる日の事です。

「そんなんしか俺のエピソードないのか😠」と、父に怒られそうですが、
私はこの話を友人にもよくします。

父の事をよく知る私の学生時代からの友人は、私の父らしいと言ってくれます。


父が入院して3か月近くがたち、もう意識もはっきとしなくなっていました。
担当医からは、そんなにすぐ逝ってしまうとは聞いてはいませんでしたが、
私は「そろそろ逝っちゃうのかなぁ」と心のどこかで思っていました。

そんな2013年5月18日、その日は日曜日でした。

その日の早朝、ボランティアで2週間海外に行っていた息子が帰国しました。
出かける前、「ジーちゃん、俺が帰ってくるまで死ぬなよ😁!」と
父を笑わせて出て行きました。

息子は空港から、病院へやって来ました。

そして昼過ぎ、宮崎に住む孫が来てくれました。

それと時を同じくして、大分に住む父の甥っ子で医師である、
私達姉妹が兄のように頼りにしているHさんが、
忙しい仕事の合間を縫って父に会いに来てくれました。

彼は、日曜日で担当医が休みだったので、(おそらく当直の)若い医師に挨拶をして、
父の病状を聞いてくれて、病室に入ると心電図のモニターをじっと見ていました。


特に母が連絡して、来てもらったわけではないのに、
病室に母、姉、孫2人、甥っ子と私が揃いました。
父の大切なもう一人の孫、
姉の息子は、その1週間前に東京からお見舞いに来てくれていました。


お昼を過ぎていて、皆昼食を食べていなかったので、母が、
「近くに焼肉屋さんがあったから、皆で食べてらっしゃい。
 お父さんには、私が付いていますから」と皆に出かけるように促しました。

「それでは…」と皆が腰を上げた瞬間心電図モニターが鳴り出したのです。

すぐに、若い医師と看護師さん一人が病室に入ってきました。

その後の事はあまり覚えていませんが、看護師さんが、
「お父さんに聞こえていますから声をかけてあげて下さい」と言って下さいました。

延命処置はしないように、生前父は医師に伝えていました。

どのくらい時間が経ったのか分かりませんが、最後はHさんが父の脈を取り、
母に向かって「おばちゃんもう良いね」と言っていたのを覚えています。

多分Hさんは、医師に話を聞き、病室に入って心電図のモニターを見た時から、
父が近く逝ってしまうのが分かっていたのでしょう。

父は幼少より可愛がった甥っ子に最後の脈をとってもらい、
大好きな家族に囲まれて、人生を静かに終えました。


私はこの日の事をいつもこう思います。

父は焼肉を食べに行こうとした私達に、
「おいおい!お前たちがいない間にお迎えが来たらどうするんだ!
 せっかく、皆が集まるまで頑張ってやったんだぞ!」
慌ててブザーを鳴らしたんだと思います。

それに、父はこの日5月18日に逝こうと決めていたと思います。

その日は、父と母にとってかけがえのない人の命日でもありました。

きっと、年老いていく母が何度もお墓参りをするのは大変だろうと、
気遣ったのだと思います。

前出の『千の風になって』が、最後の最後まで父らしくあったなら、
その少し前、『千の風になる少し前』も、父らしかったと思います。

明日これを読む母はきっと、
「そうだったかしらねェ…覚えてないわね…」と言うでしょうね^_^;


では、1981年神戸のポートピアランドで私が撮った61歳の父の写真を見ながら、
明日母と、父の101回目の誕生日を祝いたいと思います。

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賢夫人

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今日の芦屋の最高気温は3℃でした。

今日、首都圏に緊急事態が宣言され、
兵庫・大阪・京都も週明けには、緊急事態宣言が発令される事となりそうです。

私達の住む兵庫県は、324人の感染が確認され、4日連続で過去最多を更新しました。


そんなニュースを報道を、頻繁に見聞きしているからでしょう。
今朝母からこんな電話がかかってきました。

「コロナが流行っているから、今日のお出かけはやめましょう。
 あなたも来なくて良いわよ」
と。

お出かけと言っても、お昼過ぎにお散歩に誘っていただけです。
「あなたも来なくて良いわよ」と言うのは、私が外出する事への不安だと思います。

家に閉じこもっていればコロナにはかからないでしょう。

ですがそうなると、母のような単身在宅高齢者は、誰とも話すことなく、
何の刺激も受けずに生活することになります。

それは、フレイルの低下につながります。 
フレイル=心身の活力;筋力・認知機能・社会的つながりが低下して弱くなった状態の事。

その事と、お出かけと言っても家の近所を散歩するだけの事だと母に説明し、
母の家へ向かいました。


母の家に着くと、意外と母はその事には触れず、
「今日も寒いわねぇー。分厚いコートを着て行った方が良いわよね」と、
なんと言って連れ出そうかと思案しながら行った、私を拍子抜けさせました。


私は、今朝買ってきたベレー帽子を、
「この帽子なら、食事中も脱がなくて大丈夫でしょ」と母に被らせました。

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良いですよね⁉

母は、後ろが少し剥げていて(^^;)その部分のかつらも持っているのですが、
つけるのが面倒なようでほとんどつける事はありません。
この時期は、帽子を被って外出することが多く、お店に入ると帽子は脱ぎます。
そうすると、後ろが目立ち気になっていました。

以前から母にどうかと目を付けてはいたのですが、お高くて買えなかった
神戸では有名な帽子の老舗のMaximの帽子が、
西宮ガーデンズ半額以下(*^▽^*)になっていましたので買いました。

ベレー帽を被ったことがなかった母は、少し戸惑っていましたが、
出掛けてみると温かく、鏡に映った自分を見ながら、
「賢夫人みたいね😄」とまんざらでもなさそうでした。
  賢夫人=しっかりした、かしこい夫人のこと

どうやらお気に召したようです(^_-)-☆

maxim-hat.jp

      

お出かけ三種の神器

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カフェにて

母と出掛ける時、必ず持って行くものが三つあります。

①お座布団 ②マスクケース ③ハンカチクリップ

この3点が、母の『お出かけ三種の神器です。
今日は、そのひとつひとつをご紹介したいと思います<(_ _)>



①お座布団

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created by JJ

母は座る椅子によっては、長時間座っていられない椅子があります。
このブログの最初の2客の椅子は、昨日行ったカフェの木の椅子ですが、
この椅子は母の座っていられない最たる椅子です。

出先でどんな椅子に腰かけるか分からないので、必ず👆このお座布団を持って動きます。

このお座布団は、友人のJJが彼女の先輩のバザーに出していたものを、
私が買い占めたものです。
私は彼女の色や布の組み合わせが大好きです。

JJには「1SHOが欲しかったなら、プレゼントしたのに😅」と
怒られましたけどね(^_-)-☆

中のパンヤを抜いてバスタオルを入れて、母の座りごごちの良い高さにしています。

このブルーと対でピンクもあって、ピンクは私が使っていたのですが、
母が家用にも欲しいと言うので、(T_T)それも母に譲りました。


②マスクケース

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ピンクの小花が華やかです。

このマスクケースは、友人のC-chanのお母様が作られたものを頂きました。

以前、布のお店をされていて、その頃の余っていた布で作って下さいました。
 
このお母様もセンスが良くて、同じ形のマスクケースは、
市販でも出回っていますが、こんな素敵な柄はめったにありません。

我が家には、主人用の濃紺のペイズリー柄や洗替用など、
10枚近く作って下さいました。

主人は車のウインカーにぶら下げ、
母と私は必ずバッグの中に入れて出掛けています。


③ハンカチクリップ

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www.izawaya.co.jp

京都四条河原町にある『井澤屋』は、
私が京都へ行くと必ず足を運ぶお店です。

京都の和装小物の老舗で、遠方から来た友人を京都へ案内するときは、
「必ず『井澤屋』さんで買ったお土産は喜んでもらえるよ」と連れて行きます。

特に、お嬢さんのいる友人は、小物入れや名刺入れなど、
ちりめん生地で作られた小物をお土産にされます。

母の使っているハンカチクリップは、お着物を着られる方にとても人気があるそうです。
母は歳のせいで、食べこぼしが増え困っていましたので、私がプレゼントしました。
その他、マスクやお財布に着ける鈴など、母の身の回りは、
私が、『井澤屋』さんを訪れるたびに増えていきます。

始めは「なんか恥ずかしい…」と言っていましたが、
これ専用の大判のハンカチを数枚買って、その日の洋服に合わせて替えて、
毎回使うようになりました。

高齢者の女性へのプレゼントには是非お勧めですよ。


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昨日の母です。


母の耳周りには、眼鏡、補聴器のストラップ、マスクの紐、
散歩の時は、帽子のあご紐、食事中はハンカチクリップとにぎやかです。
でも、どれも母にとって必要不可欠なものばかりです。

せめてマスクが取れて、以前のように母がお友達と食事ができる様に、
コロナの収束を願うばかりです。JJのお座布団の刺繍のメッセージを信じて。

There is always right
behind the clouds⛅️

それまでは、お出かけ三種の神器を持って、
私と二人(+時々主人)で我慢してもらいましょう。

寒い一日

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今朝は-2°でした。

今朝神戸は暴風雪警報が出て、芦屋はみぞれが降りました。
今週末も寒い日が続くようなので、朝から母の家に行き、
通院や、買い物を済ませました。

久々、母が朝ごはんを作るところを観ていましたが、
何とももどろっこしい手つきですが、ちゃんと野菜サラダと卵焼き、
ハムとチーズトーストを作っていました。

コーヒーを入れて、冷蔵庫にあったリンゴを剥いて、私も頂きました。


その後、かかり付けの内科医に、年末お会いできなくて渡せなかったお歳暮の商品券を、
新年ご挨拶のお菓子に変えるべく、デパートが開くのを待って二人で出かけました。

コロナ禍で、お渡しするお菓子にも気を使います。
なるべく、一度開けたらその場で残すことなく召し上がって頂ける数をと、
個包装の焼き菓子7個入りを3箱買いました。

「ちゃんとフルネームで熨斗に名前書いてもらってね」と言う、
母のこだわり⁈通りに店員さんにお願いして、一箱には外熨斗を付けてもらいました。
こんなところが、母達年代らしいところです。


久々お会いできた先生に、
母は「92歳になりましたが、元気に過ごしています」と伝えていました。
補聴器を付けて行きましたので、先生のお話もちゃんと聞けたようでした。


ランチは、スーパーの上にあるカフェに入りました。
今日は寒いせいか、お昼時混み合うカフェも空いていました。
鉄板ナポリタンとサンドイッチを2人で分けて食べ、
同じ階にある、電気屋と薬局には私一人で買い物に行き、
母はそのままカフェに座ってゆっくりコーヒーとお菓子を頂いていました。

母はなかなかの食欲です。だから元気なんだと思います(^_-)-☆


ランチ後、明日から寒くて家を出れなくても困らないように買い出しをして、
家に帰りました。

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イカと大根、鯛の刺身、サバの味噌煮、きんぴらごぼうと鶏の照り焼き、春菊の胡麻和え

2日分の見当で作りました。今日の分はお皿に、
明日の分は保存容器にとりあえず分けて入れました。
母が良いように考えて食べるでしょう。
冷蔵庫の黒豆や千枚漬けも、食べてくれるように伝えました。

私がひとつひとつ作り上げると、
母は、「あら❣美味しそう😃ちょっとお味見」と横からつまみ食いします。


3時過ぎ、私が帰る時に母はいつものように玄関先で、
「お母さんも少し疲れたから、横になるわね。あなたも気を付けて帰ってね」と、
笑顔で送ってくれました。